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東京高等裁判所 昭和27年(わ)5号 判決 1952年8月05日

上告人 被告人 町田正吾

弁護人 河和金作 外二名

検察官 中条義英関与

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪

理由

弁護人河和金作及び同中川兼雄竝びに弁護人伊藤清の上告趣意は本判決末尾添附の河和金作及び中川兼雄名義の上告趣意書並びに伊藤清名義の上告趣意書及び追加上告趣意書(合計三通)に夫々記載のとおりであるから、これらについて判断する。

一、弁護人河和金作及び同中川兼雄の上告趣意第二点の(一)について

按ずるに、原判決において認定した事実によれば、被告人が原判示国有物件が千葉県下の山林中に放置されている旨を山口秋雄及び石井嘉平等から聞知し、その盗難散逸を防止してこれを保全し後日国から成規に払下を受ける目的でその払下許可あるまで保管して置くつもりで前記山口等の協力を得て判示物件を現場から搬出して東京都内の原判示場所に保管中右山口及び石井等の右搬出保管についての尽力に対する報酬金調達のため未だ払下を受けないうちにその保管物件の一部を他に売却処分したというのである。而して右の如く他人所有の物件につき法律上当然の権利義務又は所有者の意思に基かずして当該物件を保全するためその在所より他の安全な場所に運搬の上保管することは即ち民法上の事務管理行為に属すること所論のとおりである。而して事務管理者は本人に対し事務管理に要した有益費の償還請求権を有するのであるから、特に本人の意思に反しない限りは、事務管理に要した必要にして有益費用支弁のためその保管物件の一部を換価処分することは許された行為と解すべきである。故に本件の場合被告人のなした売却行為を以て横領罪と断ずるがためには判示換価処分が超権違法である理由を説明しなければならない。尤も原判決には「未だ国から正規の払下許可がないのにかゝわらず」と記載されてはあるが、払下を受けていなくとも換言すれば目的物件が未だ事務管理者の所有に帰せず依然本人の所有であつてもなお且つ換価処分し得ること前記の通りであるから払下を受けていないということは右の換価処分を違法となす事由とはならない。その他原判決には右処分の違法性を首肯せしむるに足る理由の見るべきものがないのは、所論の如く判決の理由を附せざる違法がある。論旨は理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 武田軍治)

弁護人河和金作、同中川兼雄の上告趣意

第二点原判決には、理由の不備、齟齬がある。

(一)原判決は「本件モビール油八十八本位及びグリス五本位が原判決判示の山林中に放置されていたこと、被告人町田が右モビール油、グリスを運び出したのは"、石井らの尽力に対する報酬金調達のため町田が本件モビール油を売渡した行為を目して、右町田の不法領得の意思の実行なりと判示したのは、理由に不備があるといわねばならぬ。すなわち右判示認定により明かなごとく、原審は、町田等の本件モビール油などの運び出し行為についてはこれを適法視しているのであるが、その理由とするところは、原審挙示の証拠を綜合すると、山林中に放置された本件物資がその近隣の住民によつてほしいままに持ち出される状態にあることを知つた町田等が、最初から「正規の手続を経て払下げをうけるまで保管するつもり」で持出したのであつて、不法領得の意思がなかつたというにあると思われる(註(一))。果して然らば本件モビール油などの所有権が国に帰属していたとしても、それは山林に「放置されていた」ものであつて、ここに「放置」というは、国が該山林において占有していたと云わむよりは、むしろ、所有権者たる国の占有を離脱していたものと解するのが相当であるから、被告人自ら払下げを受けるまで保管する意思を以て町田においてこれを運び出し保管したことは、民法第六九八条にいわゆる緊急事務管理に該当する所為というべきものである註(二)。而して、横領罪における不法領得の意思とその実行行為とは、横領罪における「占有」の原因たる委託関係(委任、事務管理、後見など)に背き、受託者においてその権限がないにも拘らずその物の経済的効用に従ひ自己又は第三者に利益を得さしめる目的を以て処分する行為を云うことは言を俟たざるところである(註(三))。然るに原審においては、前述のごとく町田の運び出しならびに保管に至る行為を緊急事務管理にあたる所為と認定しながら、単に「正規の払下許可がないにもかゝわらず………………売却し」たことを以て横領罪の実行行為なりと判示しているが、事務管理中の受託者は、その管理行為として所有者の為めにその占有に係る他人の財物を支出費消するにつき正当な権限を有するものであり(註(四))、従つてその管理行為としての権限を超えて為した処分であることを判示することなしに事務管理中の処分行為を目して漫然横領罪の実行行為とすることはできないのであるところ、前示「正規払下許可がない」というのは、被告人町田が本件モビール油などの所有権者ではないということではあつても、未だ町田においてその事務管理者として本件売却の所為につき権限なしとする論断を敢て為すには適さないものである。蓋し、右売却行為は、原審判示によれば、町田が本件物件を発見し運び出し保管するに当り(すなわち本件の事務管理を行うにつき)山口、石井等が為した尽力にたいする報酬(管理費用)を調達するために為されたものであるから須くこのような費用調達が管理者の前記権限を超えたものであることを判示すべきであつたにも拘らず、単に所有権者ではないということを以て横領罪の実行行為と判示したのは、甚だ以て的外れの理論といわなければならない。前述のごとく原審がその犯罪事実の前半において町田の緊急事務管理に当る所為を認めた以上、本件売却の行為が、管理者としての権限を超えて何ら所有権者たる国の利益にはならず、専ら自己又は第三者の利益のためであつたかどうか(註(五))という点こそ横預罪を理由ずける事実認定に不可欠の要件であつたのである。

(二)次になるほど原審は、その伊藤弁護人の主張にたいする判断三の判示理由の部分において「被告人(町田)が国に対する事務管理の為に山口等に報酬として金四万円を支払おうとしたことを認めるに足る証拠がないから」と云つて、本件売却処分が事務管理に当らないとのべている。しかしながら、前述のごとく、町田の保管に至るまでの経緯が緊急事務管理と目される行為であるとする本件において一方では「その町田の行為に尽力した山口らに対する報酬」と認定しながら、他方事務管理と認める証拠がないとするのは、その間において理由の齟齬があるといわねばならぬ。本件売却処分が管理行為ではなくて不法領得の意思の実行であるというためにはそれが、「報酬」ではないと断じなければならない筈である。判示は「町田に対する尽力の報酬」という認定をし、町田において尽力をうけた所為は、不法領得の意思のない「国のための保管行為」だと云つているのであるから、ここに「報酬」と認定するにおいては、すでに事務管理に該当する所為を認めたことになり、ここに理由の一貫せざることを表明したことになるわけである。原審は、事務管理なりとする弁護人の主張を審査するに当つて、事務管理に該当する事実を認定しながら、それを自ら否定して「その証拠はない」とする理由の齟齬があるのである。註(一)本件公訴提起は、判示運び出しの所為を「窃盗」として為されたものであるが、第一審は「当時不法領得の意思なし」と認定し、原審また判示のごとく認定している。

註(二)第一審は「右物資が当時心ない人々の窃取の対象となつて徒らに散逸する虞があつたところから………保管するつもりで引取つてきた」と認定し、原審判示の証拠上もこのことは認められる。

註(三)其の処分行為が行為者の権利に属する限りは横領罪は成立しない。(大審院大正一四、七、一四、集四巻四八四頁、小野各論六六八頁参照)

註(四)例えば「他人の財物を占有する者が事務管理として所有者の為めに之を支出費消するも横領罪を構成するものに非ず」(大審院大正三(れ)一六一八号事件、三、九、八、判決)

註(五)事務管理においては「他人の利益を図る意思は同時に自己の利益を図る内容を持つていても妨げない」のであるから(新法学全集我妻栄「事務管理、不当利得、不法行為」一一頁参照)単に自己又は第三者の利益のために処分したという事実のみではなく、専ら自己又は第三者の為めになしたと認定して始めて、管理行為に非ず、不法領得意思の実現なり、と謂うを得るわけである。

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